『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』と長宗我部陽子についてなど(大工原正樹)

この映画を撮ろうと思ったのは、とにかく長宗我部陽子と久しぶりに仕事をしてみたかったというのが一番です。その前年、高橋洋監督の『狂気の海』でFBI捜査官を演じているのを観て「ああ、やはりこの人はシャープだ。かっこいい」と思ったのですね。
 10年位前に制作プロダクション「フィルムキッズ」の同僚だった鎮西尚一監督の『ザ・ストーカー』に彼女が出演したことから一緒に飲む機会が多くなり、しばらくは誰だか判らなかったのですが、いつも面白い変な子がいるなあと思っていました。その後、同じフィルムキッズの常本琢招や山岡隆資が一風変わった役で彼女を起用したのを見て、へぇ、やはり面白い役者だなあと感心していたのです。僕がようやくテレビとVシネで一緒に仕事をした時には、ちょっと意地悪な主人公の同僚とかヒロインに勝手にライバル心を燃やす性格の悪いウェイトレスといった見た目どおりの役を演じてもらったのですが、セリフとアクションがビシッと決まる人、という印象がずっとありました。
 その後も、彼女の仕事ぶりは注目して見ていて、『寝耳に水』(井川耕一郎)の幽霊、『修羅雪姫』(佐藤信介)の殺し屋、『リング2』(中田秀夫)の看護婦、『殺しのはらわた』(篠崎誠)の夫に殺される妻など、後になってからの方が彼女の女優としての巧さや存在感の大きさに気づかされたところがあり、そこに決定的に『狂気の海』のリサ・ライスFBI捜査官があったというわけです。
 この映画、当初は憎み合う男女が戦う物語にしようとシナリオ作りに取り掛かりました。主人公は元アイドル歌手で暗殺集団の末裔、歌ありアクションありで最後は男と女が本気で殺し合う復讐劇というごった煮のような映画を目指していたのです。しかし、それが一向に上手くいかずに時間切れで断念、クランクインの1ヶ月前に「なんとか間に合わせてくれ」と頼み込んで井川耕一郎にシナリオを託した時には、“長宗我部陽子岡部尚姉弟”“憎しみ”“地方都市”という要素だけに絞ることにしました。
 井川さんは、こちらが投げかけた言葉の思いもよらぬ部分にいつも反応するので驚かされます。そこから自分の膨大な記憶の引き出しを洗い、新たなネタを仕込んで投げ返してくるので、こちらはそれを面白いと思うかどうかという反応だけをしているうちに段々とノセられてくる。今回の『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』でも、最終的に核となるテーマを打ちだし姉弟が戦うべき相手「あいつ」という存在を作り上げたのは井川さんに他なりません。僕にとってはしんどいテーマだけれど、エモーショナルで面白い物語になるはずだと信じられるのはこれまでの井川脚本と同じで、そこはいつもと変わりませんでした。
 ただ、シナリオが上がってから撮影に入るまでがあまりに時間が無かったので、現場で悩みながら小さな変更をいくつか加えることを井川さんに承諾してもらいました。観る人が本筋とは関係ないところで余計なものが混じっていると感じたとしたら、それは僕が勝手に付け加えたものです。当初のホン作りからきっちり頭を切り替えられなかった僕の悪あがきが残滓として歪にこびりついてしまっているのでしょう。
 撮影の時のことはもうすっかり忘れてしまいましたが、長宗我部さんは準備期間があまりなかったことや、僕が現場でほっぽらかしにしておいたこともあり、最初はちょっと混乱していたような記憶があります。しかし、出来上がってみると、そうした役の上での混乱はまったく見えない。時々美人だし、いいお姉ちゃんにも見える。やはりこの人はすごいな、と思ったものです。
 今年になって、『純情№1』という1日半撮りのいい加減なコメディにも出てもらいました。そこでの彼女は『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』とはまた違ったお茶目で思い込みの激しい女を演じているのですが、その呑み込みのよさと運動神経の高さに感心し、彼女の役者としての幅を改めて感じました。
 こんないい女優、日本映画はもっと活用しないともったいないです。

 (大工原正樹)