『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』を観て(清水健治)

この文章は、『寝耳に水』(監督:井川耕一郎)に出演している清水健治さんが脚本の井川耕一郎さん宛のメールに書いた『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』の感想です。
清水さんの許可をいただいて掲載しました。

『ホトホトさま』観させていただきました。

今回は3つ巴の対決という感じでしたね。
黒沢(清)さんの評論に「負けるな!ヴェンダース」という名文がありましたが、この『ホトホトさま』を観て、最初に思い浮かべたのは『パリ、テキサス』でした。
抜群の安定感というか、堂々とした匠の映画でした。
2人の姉弟が昔、住んでいた家に再訪するという過去と対面する話や、井川さんの脚本には珍しく外が多かったのも、その要因はあると思います。

それよりも、ヴェンダースの『パリ、テキサス』に似ていたのは、脚本家と監督と女優が
行き違ってる様なのです。これは神代(辰巳)の『赫い髪の女』にも似ています。

正直、3人が3人、違う方向を向いてる気がしました。
それは、本を理解してるとか、してないとかというレベルではないのです。
存在自体が行き違ってる感じがしたのです。
大工原さんは、今回、長宗我部さんを「なんとか脱がそう」としています。
長宗我部さんは「映画をなんとか成り立たせよう」としています。
井川さんは「世界観をいかに歪ませるか」試みています。

「姉」を演じるのか、「女」を撮るのか、「姉弟」のゆがみを描くのか、今一歩どこに向かうのか、見えてこないのです。
ただ、それが逆にスリリングになってるのが『パリ、テキサス』という映画に似ていると思うのです。
「負けるな、ヴェンダース」の黒沢さんはヴェンダースの立場にたって、「負けるな!」という言葉を使っていましたが、私は「がんばれ、3人」という言葉を投げかけました。
なんだか3人とも如何ともしがたい頑張りを見せるのです。
ラスト・ショットの長宗我部さんのノーメイクが戦いの後のなんともいいがたい絵になっていました。

最後まで誰が勝ったかはわかりませんが、壮絶な戦いには間違いありません。

今回の長宗我部さんって、ナタキン(注・ナスターシャ・キンスキー)や『グロリア』の時のジーナ(・ローランズ)みたいでした。
大工原さんがハイヒールをはかせて走らせたりして、揺らいだ感じをだそうとしてるのですが、どうにも「強い」んですよね。演技のうまさがそうさせるのかしら…。
生活感がにじみ出てくるというよりどう演じるかという感覚でしたね。
女としての揺らぎより姉という安定感を感じました。
大工原さんはもうちょっと汚したかったのかもしれませんね。
でも、ショットは完璧すぎるほど、完璧でした。
後、特筆すべきは、あの折り目がたくさん入ったブラウス!!
あれは、近年の映画の中でももっとも素晴らしい衣装だと思います。
脚本に関しては、『赤猫』と比べると井川さんの世界観がより出ていましたが、どうなんでしょうか、姉と弟の関係性はもうちょっとぐにゃっとさせたかったのかなとも思ったのですが。
『ルナ』や『ラブ・ストリームス』のようにもっと近親相姦的なことを匂わせるのかなとも思ったのですが、どちらかというと幽霊に取り付かれた仲間の話のように見えました。

真意はいかに……。

それと今回のラストショットは後からのつけたしですか?それとも台本に元々あったのでしょうか?
『赤猫』の独白同様、大工原さんのバランス感覚があのショットを入れたと酌んでいるのですが……。

それでは、また。

清水健治(『寝耳に水』主演、元映画美学校初等科3期生)