『正当防衛』伊野紗紀監督による自作解説


(正当防衛は9/26,10/5に上映)

<物語>
強い決意を胸に市役所を辞め、人材派遣会社の営業に転職した桜井。派遣スタッフ、顧客、後輩そして上司に挟まれた桜井に、次々とトラブルが降り掛かる。彼女の努力も虚しく一人、また一人と同僚が去って行き・・・。極限まで追い詰められた桜井が、自分を守るために、最後に求めたものとは。

<作品解説>
映画美学校13期フィクションコース初等科修了制作の一本。 人材派遣会社に就職した主人公が、上司、派遣スタッフ、依頼主、やめていく同僚とあらゆる身勝手さに囲まれて追いつめられていく。ロケ地やキャメラによって作られた空間も、主人公のストレスを観客により強く感じさせる。 上司の言動や、ドアノブを握ったまま部屋に入れない後輩の描写など、調べただけでは分からない実感がこもっていて本当に怖い。 極めつけは携帯電話である。携帯電話が普及して以降、それを利用した怖い話やホラー映画は数多くあるが、これほど携帯が怖かったことはなかったのではないか。ピリリリという何のメロディもない無機質な着信音が、地獄へ誘うように鳴り響く。

<自作解説>
◆タイトルの由来 〜正当な理由を求めて〜

「先生、鬱じゃダメなんです」

そんな理由で休むわけにはいかない。私は鬱なんかじゃない。まだ心は折れていないから―。
そう言って彼女は“心が病んでいる”という診断を、頑なに拒んだ。やつれた顔して「もうちょっと頑張りたいの」と、よく言っていた。
「苦しいなら、辞めればいいよ」という私の励ましは、「辞めたいけど、辞められない」という言葉とともに返ってきた。
やがて、毎朝目が覚めると、彼女はこう願うようになった。 「今日こそ病気になりますように。交通事故に遭いますように」
そして、「私の体はなかなか倒れてくれないんだよ。結構限界なのに」 と笑っていた彼女は、自らこの世を去った。
そんな彼女が願っていた、救いの物語を描きたいと思いました。 タイトルの「正当防衛」には、彼女の必死の思いが込められています。
このタイトルだけは、物語を書き始める前から、何故か私の頭の中にずっと浮かんでいました。

◆物語設定 〜派遣会社のドロドロ〜

「派遣の問題を取り上げたかったのですね」

いえ、違います。よくそう聞かれますが、社会問題とか、労働問題だとか、弱者がどうとか、何が正しいとか悪いとか、正直どうでもいいと思っています。派遣会社で働いていると、そういう大きな括りで物事をとらえることが出来なくなるほど、「人」対「人」の思惑のぶつかり合いは激しいもので。関わる人の数だけトラブルが起き、立場が異なればなおさら関係は複雑で、その最前線に立つ営業マンは板挟み状態になる。
会社で繰り広げられた人間ドラマが忘れがたかったのでそれを映画の題材にしたいと思いました。
社員達は似たような思いや目指すものがあってこの仕事に就きますが、やがて理想と現実のギャップに苦しみます。
これは派遣業界に限らず、どの業界、どの会社、誰でも、そうだと思います。
思いが強ければ強いほど、もがき苦しむのだと思います。時には周りを攻撃しながら。
でも、自分の限界が訪れたとき、方法はどうあれ、それぞれその状況から抜け出していくのですが・・・。
私が一番描きたかったのは、最後まで自分の思いに囚われて、自分では抜け出せなくなってしまった一人の人間の姿です。
15分の尺に色々詰め込んでしまったので、それが描けているかどうかは、もはや自分では判らないのですが・・・。
少しでも何か感じられるものがあればいいなぁと思います。

◆もう一つの正当防衛 〜八木が会社を去った本当の原因〜

編集により本編では描かれていませんが、主人公 桜井の後輩の八木がクビになった背景には実は彼女が関係しています。
桜井が追い詰められた時、必死に自分の立場を守るために、八木に“あること”をしてしまいます・・・。



『正当防衛』
2010年/16分/16mm→DV 監督・脚本:伊野紗紀
撮影:中瀬慧 原田浩二 木村栄一郎/照明:和泉陽光 小岩貴寛 西田純/助監督:宝田恵一 今岡利明 神田光 吉田峻/録音:吉田峻/美術:神田光/編集:中瀬慧 伊野紗紀
出演:宮田亜紀 佐藤奈美子 森田亜紀 小野島由惟 香取剛 渡部佐枝子 川島玄士 内海敦 原田浩二 菊池直彦